仏大学の論文で明かされた「大地震発生の約2時間前に共通して起きる異変」 予知研究に一筋の光明か

マグニチュード6.3で約1000人の死者──これは10月7日に起きたアフガニスタン地震の規模と犠牲者だ。今年に入ってから多くの犠牲を伴う大地震が世界各国で頻発しており、2月に起きたトルコ・シリア地震では、5万6000人以上の死者が出た。9月のモロッコ地震はマグニチュード6.8、犠牲者は約3000人にのぼる。日本でも5月に能登半島で震度6強の地震が起きた。

【表】都心南部直下地震の被害想定。死者は1万超えのデータも

あまりにむごい自然災害を前に科学の力で立ち向かおうとする研究が進んでおり、SNSでは「地震被害の軽減につながる可能性がある」「この予知方法で何千人もの命が救われるかもしれない」と世界各国から喜びの声が多く上がっている。一筋の光となっているのは、7月20日に世界的科学誌『サイエンス』に掲載されたフランスのコートダジュール大学が発表した論文だ。

同大学は大規模研究により世界中で発生したマグニチュード7以上、90の大地震の事例を分析。すると、大地震が発生する約2時間前に、ある異変が共通して起きていたのを発見したのだ。武蔵野学院大学特任教授の島村英紀さんは「初めて明確に大地震の前兆があることを証明した、すばらしい研究成果です」と称賛する。

「この研究ではターゲットとして絞り込んだ90事例の大地震の震源地近くで、GPSを備えた観測所約3000か所の位置情報を分析しました。すると大地震が起きる2時間前から、地震発生地点の周辺一帯のプレートや断層が、一定方向へ動く『前兆すべり』と呼ばれる現象を起こしていることをGPSが感知したのです。地面は普段から1mm以下の幅でランダムに動いており、それが大地震の直前にはとりわけ大きく、規則的に動くことが明らかになりました」(島村さん・以下同)

この研究では、2011年に起きた東日本大震災でも発生の2時間前から前兆すべりが起きていたことが確認された。

「つまり、地震の種類や震源地に限らずに共通して行うことができる予知研究だということ。今後、もしこの手法で地震予測が出されたときは信じて避難した方がいいでしょう」

地震予測の実現に期待は高まるが、「まだ課題もある」と地震予測を研究する立命館大学環太平洋文明研究センター特任教授の高橋学さんは話す。

「いちばんの問題はGPSの精度です。『前兆すべり』をリアルタイムで観測・演算するためには0.1mmの精度を持ったGPSが必要ですが、現在のGPSは商業用衛星では1〜3mの精度、軍事衛星でも10〜30cmの精度しかない。

そのため、コートダジュール大学の研究では感知したGPSデータをさらに時間をかけて分析していたのです。2時間前の予測を可能にするためには超感度のGPSセンサーの開発・設置が必須です。しかし、これは非常に困難なことなのです」(高橋さん)

実用化は少し先になるが、現状の数分前の地震警報システムと比較して、大きな前進を果たしたのも事実である。

GPSを使った研究は日本でも盛んに行われており、その最先端が地震科学探査機構(JESEA)が提供する「MEGA地震予測」だ。

JESEAは国土地理院が全国約1300か所に設置したGPSのデータで地表の動きを捉え、1週間ごとの上下左右の「異常変動」、長期的な上下動の「隆起・沈降」、東西南北の動きの「水平方向の動き」という3つの主な指標を総合的に分析し、地震を予測する。その予測法に衛星画像の解析などを組み合わせ、2021年に「ピンポイント予測」を実用化。今年国内で起きた震度5以上の地震13件のうち10件を的中させた。

プレート境界を直接観測する

東日本大震災や2022年に起きたマグニチュード7.4の福島県沖地震の予兆を観測していた麒麟地震研究所では、地震の際に発生する「電磁波」による地震予測の研究をしている。

「当研究所では5台の観測機を用いて全国各地の電磁波によるノイズを観測しています。実際、1995年の阪神・淡路大震災では直前にラジオなどから大きなノイズ音が聞こえたという報告が複数ありました。その理由として、地震はプレートのひずみや断層のズレによって発生するため、大地震発生地点では岩石に大きな圧力がかかり、そのときの摩擦や地割れで大量の電磁波のノイズが発生していると考えられます」(麒麟地震研究所・以下同)

電磁波によるノイズが大きくなるほど発生する地震のエネルギー規模は高まるという。

「ノイズが増大するほど地震が近づいている証拠です。そうして増大していったノイズがいったん落ち着き、そのすぐ後に突発的な強いノイズを観測すると数日で地震が起こります。東日本大震災で観測されたノイズはその通りの動きをしていました」

5台の観測機の中で、いま気がかりなノイズを受信している場所が複数箇所あるという。

「北海道から小笠原諸島に至る日本海溝と、静岡県の駿河湾からフィリピン海溝までのプレート境界と、熊本から紀伊半島に至る中央構造線の周辺を観測する観測機3号が、3年半前から大きなノイズを観測し続けている。このままエネルギーが蓄積され続ければ、プレート境界と中央構造線の周辺でマグニチュード8の巨大地震が起きることが考えられます」

もうひとつ、東海沖などのノイズを拾う観測機4号で兆候が出始めているのが三重県周辺だ。

「一昨年の12月からそれほど大きな数値ではないものの、ノイズの反応が増えています。このまま増え続ければ、東海・東南海エリアでも地震が起きる可能性があります」

大学や国の専門機関も予知研究を進めている。高橋さんは東京大学が行っている「スロー地震」に注目する。

「東京大学地震研究所では、陸のプレートと海のプレートのひずみが人が揺れを感じないレベルで非常にゆっくりと解放される『スロー地震』という現象の発生を観測し、解析することで巨大地震の発生メカニズムを解明すべく研究に乗り出しています」(高橋さん・以下同)

実際に東日本大震災のほか、チリやメキシコで起きた大きな地震の前には「スロー地震」が観測されていた。京都大学の地震災害研究センターが着目しているのが「流体」だ。

「流体とは、地下深いところにたまった大きな水たまりのようなものであり、成分はマグマやガス、水などさまざまな物質が推定されていますが、まだはっきりとは明らかになっていません。同大学では石川県能登地方で半年以上続いている群発地震の原因を、この流体が断層のすき間に広がり、破壊することにあるとして、研究を進めているのです」

研究は予測や分析に限らない。国立研究開発法人海洋研究開発機構は「プレート境界の状態を直接観測する」ことを主に活動している。

「現在、三重県の紀伊半島や高知県の室戸岬の海底に穴を開け、ユーラシアプレートとその下に潜り込んでいるフィリピン海プレートの境界がどうなっているか調べようとしています。もし、プレート境界の岩石の組成や水分量など具体的かつ細かいデータがわかれば、それらの要素がどのように『すべり』に影響しているのか判明する可能性があるので大変興味深いですが、これも容易ではありません」

地震の予兆は、時に五感にも訴えかける。そのひとつが「異臭」だ。

「1923年の関東大震災の記録では『ガスが噴き出した』という記録があります。どのような条件の地震に対応するかは明らかになっていませんが、岩石が割れる際に『焦げたようなにおい』がするので、それが予兆の可能性はある」

大気中のラドン濃度の減少も予兆のひとつだ。東北大学が2021年4月2日に学術雑誌『サイエンティフィックレポート』に掲載した研究では、2018年の大阪北部地震が起こる前に大気中のラドン濃度が大きく下がったことが確認された。原因は地域の地震活動により岩盤に生じる割れ目が、大気中のラドン濃度に深く関与していると考察されている。

予知ができれば余裕で逃げられる

世界中の学者たちが英知を集結させ、日夜研究に励む地震予測。実用化されたら、被害はどう変化するだろうか。

「阪神・淡路大震災では火災で多くの人が亡くなっています。早朝で朝食の準備に火を使っていた家庭が多かったためです。もし予測が可能になれば、火元を止めることで火災の発生件数が減り、死者数もかなり減ると思います」(島村さん)

首都直下地震の被害想定では地震火災による死者数は最大1万6000人にものぼる。予測が実現すれば、相当数の被害を抑えられるだろう。ほかにも建造物倒壊による死者も確実に減ると推測される。事前にドアを開けておくことで家に閉じ込められることを防げたり、エレベーターや車から降りておくことで事故を防ぐことも可能になる。事前に調べた近場の安全な場所に移動する時間も生まれる。

「あらかじめわかっていれば精神的ショックも軽減され、パニックの防止にも役立つでしょう。また事前準備の時間ができることで、津波などの被害も抑えられる可能性があります」(麒麟地震研究所)

防災グッズを確保する余裕も生まれるが、その準備には注意点もある。

「防災グッズも種類が増えましたが、全部用意するとかさばって逃げられません。ペットボトルの水500ml、長めのタオル、持病のあるかたは数日分の薬を用意してあれば充分です」(高橋さん)

日頃から地震に対する備えを怠らず、地震予測が可能になる未来を待ちたい。

※女性セブン2023年11月2日号